イギリスでの流行はコーヒーハウスから
イギリスでのお茶の流行は、17世紀の半ばに入ってからのことです。他のヨーロッパ諸国に少し遅れて、広まります。イギリスでの流行の発端は、当時大ブレイク中のコーヒーハウスでした。
コーヒーハウスとは、男性のみに解放された施設で、文字通りコーヒーを提供する施設です。単なる喫茶施設ではなく、新聞や雑誌を読んだりお客どうしで政治の話などをしたりする情報交換の場として、たいへんな賑わいを見せていました。有名なコーヒーハウスの一つに、「ギャラウエイ・コーヒーハウス」があります。
このお店でお茶を扱うようになったことから、それが他のお店にも広がっていきました。
ただし、当時はお茶は「体に良いもの」と考えられていたので、嗜好品ではなく薬として飲まれていたようです。
紅茶1缶250万円也
ところで、イギリスは当時お茶をオランダから輸入していました。日本や中国からオランダが運んできたお茶をさらに、イギリスに輸入したわけですから、その段階で相当な値が付きそうですね。
一説によると、1ポンド(約450g)につき、6~10ポンドの価格であったといいます。当時の労働者階級の年収のおよそ1.5~2倍に相当します。日本の現在のサラリーマンの平均年収が400万~500万ですから、たとえば、マリアージュフレールで考えますと、
ぐらいの感覚でしょうか。1缶で安い国産車なら2台は買えますね。いかに「茶」が高価なものであったかがわかります。
お茶に税金
さて、かくも高級なお茶ですが、コーヒーハウスではどんなふうに飲まれていたのでしょうか。
まず、やかんや鍋で煮だします。そのあとで、樽の中に入れて保管し、提供するときにはビアマグのような大きな陶器のカップに入れて出されました。
実はこのとき、アイドル、バーメイドと呼ばれる女性の給仕人がいて、彼女たちがお茶を出していました。もちろん、美人めあてにコーヒーハウスにやってくる男性もたくさんいたのでしょうね。
コーヒーハウスでは、このようにしてお茶が提供されていたわけですが、イギリス政府はこれに税を課すようになりました。コーヒーハウスのお茶1ガロン(約4.5リットル)に対して、8ペンスの税金を徴収するようになったのです。以降、このお茶にかけられる税は、イギリス政府を支える重要な財源の一つとなっていきます。
緑茶に砂糖、音を立てて飲む?
一方、東洋貿易で一歩リードしたオランダでは、17世紀の後半になると喫茶の習慣が定着しつつありました。上流階級の屋敷には、「お茶の部屋」が作られ、市民階級でも女性の間では市中のビアホールで、お茶のクラブが作られるようになりました。
お茶がもたらされた当時は、中国の茶碗に似たカップで飲まれていましたが、やがてカップにソーサーがつくようになります。お茶をゲストのカップに注ぐのは、女主人の役目で、客の好みに応じてサフランや砂糖、ミルクなどを入れてやることもあったそうです。
ゲストの方は、カップのお茶をソーサーに移し、女主人にお茶をほめることばを述べ、香りをかぎながら音をたててすするのが、マナーでした。
つまり、お皿に移したお茶をズズーッとすすって飲むのが正式なマナーだったというわけです。
現在の私たちの感覚でいえば、とってもお行儀の悪い下品な行為に見えますが、当時は大真面目です。実は、欧米ではこの飲み方は、田舎に行けば最近まで見られた飲み方なのだそうです。
お茶が家庭を崩壊させる
こうしたオランダでのお茶の流行は、社会問題にまで発展するほどとなりました。何が問題だったかというと、
主婦が茶会のために家を留守にすることが多くなり、それに腹を立てた主人のほうは酒場に入り浸りになるというケースが多くなり、家庭崩壊の危機に陥る家庭が増えたのだとか。
なんだかむちゃくちゃな論法ですが、こうなると家庭を崩壊させかねない「お茶」に対する批判が高まるのは当然のこと。さらに「お茶は有害である」という論争にまで発展していくようになりました。
チャとティー
ところで、世界の言語をみると「茶」を表すことばには、二系統あります。
一つは、中国の広東語「CH‘A」系で、もう一つは同じく福建語「TAY」系です。
まず、日本や朝鮮半島などでは「CH‘A」系です。ほかにも、ロシア(CHAI’)、モンゴル、チベット、ベンガル、インド(CHA’)、トルコ(CHAY)など中近東から一部東欧、中国のマカオを直接統治していたポルトガルで用いられています。これらは、茶が陸路で伝播したと考えられている地域です。
対して「TAY」系は、オランダ(THEE)、ドイツ(TEE’)、イギリス(TEA)、フランス(the)があります。こちらは、海路で伝播したと考えられる地域。オランダは、中国のアモイ(福建省南部の都市)で直接貿易を行っており、その結果ヨーロッパのお茶はオランダ経由でもたらされました。
お茶を表す言葉によって、ルートがわかるというのは面白いですね。